「signから、思い込みに気付き、自分を変化させ
成長と気付きを循環させる。
~すべての人が自分【らしく】生きられる世界へ。~」
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さて、今回のカウンセリング・大人の学校は、
本当の自分とつながる
です。
「やりたくないな」という感覚
私たちは日常生活する中で
「やりたくないな」
という感覚があるかと思います。
これをいかにやらないかということに
最近、私は挑戦しています。
これは、
あえてやっているという言い方が正しいですね。
というのは、
あえてやることで自覚できるからです。
これをかみ砕いていうと、
そもそも私たちは自覚すらしていない。
ということです。
この感覚をあえて言語化するなら
嫌だなと本当は思っているけど
そういうことをあまり考えずに
ひたすらやっている。
だってやるしかないじゃん!と
無意識に思っていて
そもそも、それを感じようとしない
下手したら、感じてはいけないと思っている。
無になって
それを早く終わらせてしまおうという感じです。
ある意味、いい子ちゃんで
要領が良くて
良い人なんですが、
逆に言うと、
自分の本当の感覚を感じないようにして
自分を胡麻化している
あくまで私の体験談ですが
私はそういうのばっかりでした。
※大前提で言っておくと
やりたくないことをやらないだと、
社会ではうまくいかないことが増えて来ると思います。
だから、やりたくないことだとしても
やる必要があることはやります。
やりたいことをやるためだから、
やりたくないことであっても
やる必要のあることはやるという感じですね。
なぜ、やりたくないのに、やってしまうのかが大事

よく考えると
別にやらなくてもいいことを
無理してやっていることがあります。
夜疲れているのに、
使った食器を洗わなきゃいけない。
お風呂の浴槽を掃除しなければならない。
夜勤があるのに、日中から仕事したり
そういうときに限って、明けに電話がかかってきて、対応させられたり
※この場合だと、「今日夜勤明けなので、後日でも構いませんか?」の一言が言えない。
別に今じゃなくてもいいのに
また、今度でも・・・
極端な話自分じゃなくてもいいのに
やっている。
こういうのって
自分の深層心理としては
あえてやっているっていう感覚です。
例えば、先ほどの
夜疲れているのに、
使った食器を洗わなきゃいけない。
お風呂の浴槽を掃除しなければならない。
の例でいうと
洗わないと家族に批判される
洗うことで家族に褒められたい
※補足:
「私だって疲れてたのよ!」の一言が言えない。
嫌われるのが怖いのかなど
夜勤があるのに、日中から仕事したり
そういうときに限って、明けに電話がかかってきて、対応させられたりする例で言うと
がんばっている自分を褒めてほしい
がんばっている自分をすごいと賞賛して欲しい
そんな朝から晩まで頑張れる自分すごいと思いたい。
※補足:でもそうしないと、自分が満たされないので、基本、自己肯定感は低いともいえる。
本当にやりたいのか?と言われれば
むしろやりたくはない。
満たされない自分を
満たすために
あえてやりたくないことをやる。
このやりたい、やりたくないというのは
直感なんで
考えて、「やりたい」「やりたくない」とかではなく
見た瞬間、すでにどっちかなんです。
あとは、そこを見なかったことにして
無理してやるのかやらないのかということなんですけど
私たちの日常は
このやらなくてもいいどうでもいいことをやって
あえて苦しんでいることが多いなと思います。しかも、無自覚に。
ここをあえて自覚する。
「あ、これはやりたくないと思っているな。」
こんな感覚です。
本当の自分はこれを
やりたがっていないな。
この自分の感覚を大事にして
やりたくないことは極力やらない
※やりたいことで必要なことはやる。
本当の自分とつながるという感覚を
日常の中で取り戻していくことが
大事かなと思っています。