■ 感情は“選べない”セットでやってくる
私たちの心は、「悲しみは感じたくないけど、喜びだけ感じたい」というふうに、
都合よく感情を選ぶことはできません。
だから、
- 悲しみを感じないようにしよう
- 傷つかないようにしよう
と心を閉ざしてしまうと……
結果として、喜びも深くは感じられなくなってしまうのです。
■ 深く沁みる喜びには、“悲しみ”という背景がある
私たちが誰かに優しくされたとき、
胸の奥がじんわりと温かくなるのは、
過去に誰にも優しくしてもらえなかった孤独を知っているからかもしれません。
だからこそ、
- 寂しさを知っている人は、つながりの喜びが沁みる
- 苦しみを乗り越えた人は、ささやかな平穏に感動できる
深く沁みる喜びは、かつて味わった痛みがあるからこそ生まれるのです。
■ 心を閉じると、感情が“鈍る”
悲しまないために、
怒られないように、
嫌われないように……
いつの間にか、そんなふうに自分の心を守ることが習慣になっていませんか?
でも、心を守ろうと固く閉ざすと、
そこにはもう、何も感じられない空洞が残ります。
喜びも、達成感も、感動も。
どれも薄く、すぐに消えてしまう。
それは、感情を「感じないようにしていたから」なんです。
■ ほんとうの喜びは、“心が開いているとき”だけ訪れる
逆に言えば——
悲しみに触れることを許したとき、
痛みにも涙にも向き合う余白をつくったとき、
心は少しずつ、感情を受け止める“器”になっていきます。
そしてそのとき、
誰かの優しさや、自分へのねぎらい、日常の中の小さな光が、
深く、じんわりと沁みるようになるのです。
■ 「傷つくかもしれない」けれど、「つながれるかもしれない」
たしかに、心を開くことにはリスクがあります。
信じて裏切られた経験があると、
「どうせまた傷つくなら、最初から心を閉じていたほうがましだ」と思うこともあります。
でも、心を閉じていては
本当の喜びには、出会えません。
喜びとは、誰かとのつながりの中でしか感じられない、
“自分がここにいていい”という感覚だから。
■ おわりに:悲しみを受け入れるという、勇気ある選択
私たちはこれまで、
自分を守るために心を閉じてきたかもしれません。
でも、今のあなたはもう、
感じることを、少しずつ許せる自分になり始めています。
喜びを深く味わいたいなら、
まずは悲しみを抱きしめる勇気から。
その一歩の先に、
きっと“本物の喜び”が、待ってくれています。

