「二元論」だとなぜ問題が解決しにくいのか。

カウンセリング「大人の学校」

私たちが日々の生活で直面する様々な問題。その解決を阻んでいる意外な要因の一つに、**「二元論」**があるのではないか、と最近強く感じています。以前の私は、「なぜ二元論に陥ると問題が解決しないのだろう?」その意味が全く分かりませんでした。二元論と問題解決が、どうにも結びつかなかったのです。

しかし、ようやくそれが言語化できるようになりました。

二元論とは「白黒思考」

二元論とは、物事を「優と劣」「上と下」「正義と悪」といったように、白か黒か、はっきりと決めつけてしまう思考のことです。もちろん、自分の意見を持つことや、善悪の判断をすることは悪いことではありません。それは一つの「価値観」として、大切なものです。

しかし、問題が解決しにくくなるのは、この思考が**「物事には様々な見方がある」という視点を閉ざしてしまう**ことにあります。

ショッピングセンターでの「気づき」

先日、週末に家族で買い物に出かけた時のことです。ショッピングセンターの人混みの中、平気で通路の真ん中に立ち止まったり、他人の邪魔になるような場所にいる人がいますよね? 以前の私は、「なぜあの人たちは、周りに気が付かないのだろう?」と不思議でなりませんでした。

私は商品を物色しながらも、常に自分、妻、子供の位置を確認し、周囲の人々の邪魔になっていないかを気にしながら買い物をしていました。その結果、家に帰るといつもぐったり疲れていました。

そんな私に、妻は言いました。「だから、疲れるんだよ。私、そんなに気にしてないもん。」

私は驚きました。「え?そうなの?」と。商品を見ながら周りも見る、という常に視点をあちこちに向ける作業で、目が回るような感覚に陥っていた私にとって、「周りを気にしない人もいる」という事実は、衝撃でした。

つまり、私は「買い物をする時は、周りを気にしながら買わなければいけない」と思い込んでいたのです。自分の中で、それが唯一の「正解」、この状況における「唯一の選択肢」でした。

でも、妻は違いました。どちらが良い悪いという話は置いておいて、少なくとも考え方が一つではない、ということを目の当たりにしたのです。私と妻は極端な例かもしれませんが、ある程度周囲を見るけれど、私のように常に気にしてはいない、という人もいるでしょう。

もしかしたら、長年の悩みだった「週末に外出するのが億劫」という問題が、この視点の変化によって解決するかもしれない、とさえ思えました。

見方は人の数だけある

このように、物事には同じ出来事でも、見方は人の数だけ存在します。

例えば、目の前の女性を見て「美しい」と感じる人もいれば、
そうでない人もいるでしょう。

パソコンを買う基準も様々です。
「値段がすべて」という人もいれば、
「スペックが重要」という人、
「見た目(デザインやフォルム)が好みだから」という人もいます。

あるいは、「川口春奈がCMをしていたから買った」という人や、
「家電芸人がオススメしていたから」という人もいるかもしれません。

これだけでも、実に多様な理由があります。

パソコンに詳しい人からすれば、
「川口春奈がCMをしていたからパソコンを買った」と聞けば、
「え?」と思うかもしれませんよね。
しかし、その人にとっては、それが全てなのです。

かつてドラえもんが言っていました。
「どっちも、自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ」
どちらも自分が正しいと思っている。
それくらい、物事の見方はたくさんあります。

「自分の見方だけが正しく、それ以外は間違っている」と固執すること。
これがまさに、「偏見で生きている」ということであり、
それが「二元論」なのです。

二元論からの解放:選択肢の発見

二元論に囚われると、自分と異なる見方を持つ人を許せなくなります。
一つのものの見方しかできていないことに自覚がないまま、
数多く存在する見方の中で、たった一つに執着してしまう。

先ほどの例で言えば、
「川口春奈がCMをしていたからパソコンを買った」という人にとって、
スペックは「どうでもいい」要素です。

しかし、もし「スペック」という選択肢があることに気づけば、
もしかしたら「芦田愛菜ちゃんがCMをしているパソコンでもいいかもしれない」という
別の選択肢が見えてくるかもしれません(笑)。

自分の偏見や、二元論に陥っていることに気づくことができれば、
実は目の前に「選択肢が無限にある」ことに気づきます。


選択肢がたくさんあることに気づけば、
「なぜか今まで一つしか見ていなかった、執着していたけれど、別にこっちでもいいんじゃない?」という柔軟な発想が生まれます。
だからこそ、問題解決の糸口が増え、問題が解決しやすくなるのです。

二元論の罠(自分が絶対に正しい)から抜け出し、
多様な視点を受け入れること(相手をあるがままに受け入れること
相手も正しいかもしれない自分はもしかしたら正しくないかもしれない)で
それが、より豊かな人間関係と、
より自由な人生を切り拓く鍵となるでしょう。

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