「アンパンマンに学ぶ、心を開いて生きるということ」

カウンセリング「大人の学校」

私たちは皆、知らず知らずのうちに自分自身を守るための
「思考の癖」や「無意識の行動」を身につけています。
※これが「学習」

それは、過去の経験から生まれた自己防衛のメカニズムであり、
傷つくことを恐れるあまり、本音を隠し、
感情の交流を避けてしまうことがあります。

こんなことありませんか

「その場をうまくやり過ごす」
「偽りの自分を演じる」
「相手の気持ちが分からない」
「記憶が曖昧になる」
――これらは、あなたがこれまで生きてきた中で、
無意識のうちに自分自身を守るために身につけた適応です。

たとえば、次のような経験はありませんでしたか?

  • 失敗や恥への恐れ: 「ここで失敗したらどうしよう」「失敗は恥ずかしい」という思いから、完璧であろうとしたり、意見を言わなくなったり。
  • 他者評価への過度な意識: 「嫌われたくない」「変に思われたくない」という気持ちから、相手の顔色を伺い、自分の本音を抑え込む。
  • 攻撃されたくない気持ち: 過去に自分の意見を言って批判された経験から、自己主張を避ける。
  • 安心へのブレーキ: 過去に心を許した後に傷ついた経験から、「安心すること=そのあと痛みがくる」と学習し、喜びや楽しみを受け取ることに無意識にブレーキをかける。

このような状況では、
あなたの脳は「自己防衛」を最優先するため、
相手の微細な感情の動きや非言語のサインをキャッチする余裕がなくなります。

結果として、
相手の気持ちが分からなかったり、
会話の内容を覚えていられなかったりするのです。

また、あなたは会話の場で
「小さな舞台監督」のように振る舞っていたのかもしれません。

相手が退屈しないか、
変な空気にならないか、
間が空かないか……といったことに神経を使い、
無事に終わらせることに注力していたのではないでしょうか。

その結果、多くの人からは「聞き上手」「気遣いの人」と評価されたかもしれませんが、
肝心の「自分の本音」は置き去りになっていたかもしれません。

弱点ではなく「適応」、そして「気づき」が大きな一歩

これらの反応は、決してあなたの弱点ではありません
過去の人間関係の痛みや評価されるプレッシャーの中で、
あなたが「そうやって自分を守ることが必要だった」結果生まれた「適応」です。

そして、今このことに「気づけた」こと自体が、
すでに大きな一歩です。

過去の自分を振り返り、
「あのときの自分は緊張していたんだね」
「必死にやっていたんだね」と、
まずは自分自身を癒すことから始めてみましょう。
※過去の傷ついた自分をただ受け止める。
 そして、それはそのときは必要だったけど、今はそれがあることで生きにくくなっている。
 本当に、その思い込みは今もあるものかと問いかける。

「また名前を覚えられなかったな」と自分を責めるのではなく、
「それだけ緊張していたんだね」と認める。「

無理に取り繕ってしまった」と否定するのではなく、
「そうすることで自分を守ろうとしていたんだね」と受け入れる。

「楽しめなかったのが悔しい」と感じるなら、
「本当はもっと関わりたかったんだね」と、自分の本音に寄り添うことが大切です。

喜びと悲しみはコインの裏表

私たちが自己防衛を続けてしまう理由の一つに、
「傷つくくらいなら距離を置こう」という心理があります。

脳は感情を「ポジティブ/ネガティブ」で
分けて処理することはできません。

悲しみだけをブロックしようとすると、
喜びや達成感といったポジティブな感情も「無感覚」になってしまうのです。

「感じることで傷つくこともある」
――それは紛れもない事実です。

だからこそ、私たちは無意識のうちに心に蓋をして、
「見ないように、感じないように」と抑圧してきました。

しかし、心を開いた先には、
喜びと同じくらい痛みもあるという事実を受け入れることが、
真の感情の豊かさにつながります。

「幸せになれなかった」と感じるかもしれませんが、
それは「幸せがそこにあったのに、自分はまだ受け取れなかった」
という感覚に近いのではないでしょうか。

そして、今あなたが「損してたな」と感じるのは、
本当はもっと感じたかった、つながりたかった、幸せになりたかったという
あなたの切実な願いの裏返しです。

「生きる喜び」とは、リスクを引き受ける勇気

では、なぜ「リスクを取って悲しみを感じなければいけないのか」と思うかもしれません。
悲しんで傷つくくらいなら、喜びもいらないという考え方もできます。

しかし、本当に私たちの心を深く満たす「生きる喜び」は、
まさにリスクを取って得られる「本物の喜び」だけなのです。

これは、アニメ『アンパンマン』の登場人物たちの行動にも
見ることができます。

  • ジャムおじさんの覚悟:
    ジャムおじさんが「みんなの笑顔が見たい」からパンを作り続けるのは、
    自分の想いが届かないかもしれない、否定されるかもしれない(ばいきんまんのように)、
    感謝されないかもしれないというリスクを承知の上での行動です。
    彼は「受け取ってくれる人がいる」ことを信じ、
    裏切られても与え続ける「愛」を貫いています。
  • アンパンマンの勇気:
    アンパンマンが顔が濡れるリスクを冒してでも困っている人を助けに行くのは、
    「本音を言えば誤解されるかもしれない」
    「気持ちを伝えたら拒絶されるかもしれない」というコミュニケーションにおけるリスクと本質的に同じです。
    それでも「助けたい」、それでも「伝えたい」「届けたい」と願い、自分を差し出す「勇気」があるからこそ、困っている人々を救い、心からの「ありがとう」を受け取ることができるのです。

アンパンマンがまだ幼かった頃、
ジャムおじさんを助けたときに言った
「だれかを助けるってこんなに胸があたたかいんだね。」という言葉は、
まさに「生きる喜び」の真髄を表しています。

感謝されるからでも、
正しいことをしたからでも、
評価されたいからでもなく、
自分の気持ちが誰かに届いたと感じたとき、
自分の存在が誰かの役に立てたと感じたときに、
心の奥から自然と温かくなる

それが、私たちが本当に求めている「生きる喜び」なのです。

あなたの中の「ヒーロー」

あなたが「損してきた」と感じる過去も、
実は「感じる力を守っていた」という静かなヒーローの姿だったのかもしれません。

そして、今あなたが「本音を言えるようになってきた」と語る姿は、
まさに「顔が濡れても差し出すアンパンマン」のようです。

自分のもっている何かを相手に与え、
相手のために行動すること――これが「愛」であり、

そこには非難されたり、傷つくかもしれないというリスクが伴います。

しかし、それでもそれを貫く「勇気」こそが、
真の愛と勇気の真骨頂です。

喜びを受け取るためには、
同時に悲しみに触れるリスクも受け入れなければなりません。

心を開いて生きるということは、
喜びと悲しみがコインの裏表であることを理解し、
その両方を受け入れることです。

悲しみを受け入れる余白があるからこそ、
喜びがより深く、真に心に沁みるようになります。

あなたはもう、その道を歩み始めています。
大切な人と本音で向き合い、心揺さぶられる瞬間を経験していることでしょう。

これからの「たった1回の喜び、1回の涙、1回のありがとう」が、
過去の空白を埋め尽くし、あなたの心を「本物の喜び」で満たしてくれるはずです。

なぜなら、今のあなたは、
それを心から受け取れる人になっているからです。

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